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[Q&A] クリント・イーストウッド監督:『スペース カウボーイ』(1)

clint_eastwood長年やっていると、
自然に多くを学んで
慣れていくものなんだ


 映画ライター稼業を始めて早20年近く。プロフェッショナルに徹する意味で、サインをもらうのはたった2人と決めていた。ひとりはマーティン・スコセッシ師、もうひとりはクリント・イーストウッド師。それ以外からは絶対にもらっていない(ハーモニカ奏者トゥーツ・シールマンスにファンとしてもらったことはあるけれど)。

 今から5年前の夏、ワーナーブラザース宣伝部が粋な計らいをしてくれて、『スペース カウボーイ』の完成記者会見にぼくを招待してくれた。場所はテキサス州ヒューストン、ジョンソン宇宙センター。あのアポロ13号の奇跡の生還を見守った管制センターがある古ぼけた宇宙基地だった。記者会見には、クリント・イーストウッド、トミー・リー・ジョーンズ、ドナルド・サザーランド、ジェームズ・ガーナーの4人が顔を揃えた。世界各国から選ばれたジャーナリストが50人ほどいたが、何とか1つ、2つ質問できた。自分の質問に御大イーストウッドが答えて(ささやいて)くれたことにすっかり有頂天になったぼくは、会見後、サインをもらい損ねてしまった。

Space_Cowboys それから1ヶ月後、ヴェネチア映画祭に行く予定だったぼくに朗報が入った。オープニング上映に『スペース カウボーイ』が選ばれ、イーストウッド師はリド島まで駆けつけるという。映画祭が始まったオープニングデイの翌日、映画祭主催のワークショップが行われ、イーストウッド師が自身の映画観をたっぷり80分間もも語るシンポジウムが行われた。そして会見後、イーストウッド師はヒューストンからヴェネチアへ、世界を半周して追っかけをしている東洋人のぼくに、「Thank you」とつぶやいてサインをしてくれた。

 ここに採録するのは、昔むかし筆者が「映画バカ一代ドットコム」というサイトに書き記したイーストウッド師の〈肉声〉だ。その後、『ブラッドワーク』『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』といった快作を発表。70歳を過ぎてなお、イーストウッド師の手練の映画術はますます凄味を増してさえいる。これからのイーストウッド映画を読み解くための格好の教材として、めちゃくちゃ長文だけれど、採録させていただきます。

   *   *   *

 2000年8月30日夜、第57回ヴェネチア国際映画祭は『スペース カウボーイ』をオープニング上映に幕を開けた。そのセレモニーでは長年の映画への功績に対し、イーストウッドに栄誉金獅子賞があたえられ(プレゼンターはシャロン・ストーン)、イタリアのマスコミは、マカロニ(スパゲッティ)・ウエスタンでスターダムにのしあがった「帰ってきたヒーロー」を大々的に取り上げた。その翌日、映画祭主催のワークショップが行われた。列席者は《クリント・イーストウッド・トリビュート》(多くの代表作が回顧上映された)のディレクターの映画評論家ルチアーノ・バリゾーネとジュリア・ダグノーロ・ヴァーラン、『カイエ・ドゥ・シネマ』誌からニコラス・サーダ編集長とセルジュ・トゥビアーナの4氏。答えるは、われらがイーストウッドだ! 80分間のトークはわが映画人生最大の至福のときであった。

※この文章は『スペース カウボーイ』のパンフレットに掲載されたものを加筆・訂正、イーストウッドの生の声を集めた〈完全版〉です。翻訳を協力してくれた水原文人くん、Thanks!

(「映画バカ一代ドットコム」より)

   *   *   *


小説や脚本を読んで、
単純に面白いかどうかだよ


──どのように物語を選ぶのですか? 

クリント・イーストウッド それほど大げさな心理的プロセスはない。まず小説や脚本を読んで、単純に面白いかどうかだ。それしか考えない。主人公に興味がいだけるか、演出上でチャレンジできるものがあるか、それだけだ。自分向きのキャラクターでなかったら誰か人にやらせる方向性も考える。それから俳優としてなら、そうした物語をスクリーンで観たいと思うか、その物語の一部になれるかどうかが決め手だね。

 この主人公、フランク・コーヴィンの場合、まず彼が50年代に若者であった時を(観客は)見ているわけだ。現代では半ば引退、あるいは完全に引退していて、妻と暮らしていて、ガレージのドアもうまく直せないくせに技術者ということになっている。そんな感じのアイロニーが他にもいくつかあるからこそ、観客としてそこに共感できるとわれわれは確信したんだ。夢破れて40年経って、彼は結婚していて、子どもも孫もいるだろう。その間にいろいろ仕事をしていて、一般企業にも勤めていたかもしれない。そこまでは特定していないけれども、それでかまわない。われわれが観客として好きに想像すればいいことなんだから。重要なのは、観客が自分で勝手にそういう要素を映画に取り込めることだ。ある人はこう考えるだろうし、別の人は別なふうに考えるだろうし、そのどちらも正しいんだ。

──それにしても、魅惑的なキャスティングですね。

クリント・イーストウッド 彼らは私のファーストチョイスだった。幸いなことに、4人全員が引き受けてくれたので、最初私が決めた一線から下がる必要がなかった。みんな私の尊敬している連中で、ジェームズ・ガーナーとドナルド・サザーランドとはかつて共演したこともあるし、トミー・リー・ジョーンズは私にとってもいつも羨望の的だった。この手の映画としては、とてもいいアンサンブルになったと思う。他のキャストについても、望み通りにいった。キャスティングは鎖のようなものだ。小さい役の善し悪しが大きな役にも反映するから、すべてに気を配るようにしている。

まるで初めて演じているかのように
エモーションを十二分に表現できた


──その4人の共演が素晴らしいのですが、撮影の際は必ずカメラの前で入念にリハーサル(リハーサル段階から撮影する)をして、それでいて本番ではファーストテイクを好まれますね。

クリント・イーストウッド そのほうが強烈なインスピレーションを得られると思う。この映画について「まるで俳優たちが初めてそのセリフを口にしているようだ」とよく言われる。これは私にとって、最良のお世辞だ。まさに俳優が目指して努力していることだからね。つまりはエモーションを、まるで初めて感じているかのように演じること。多くの俳優は何度かはこの感覚を維持できるよう訓練している。だから私だって何度かテイクを回す。何度か誰にも気づかれずにカメラを回していたこともあったけどね。 彼らはみんな素晴らしい俳優たちだから、まるで初めて演じているかのようなエモーションを十二分に表現できたんだと思う。

──『スペース カウボーイ』で、フランク・コーヴィンのリベンジとは自分の夢を実現することです。『ブロンコ・ビリー』『センチメンタル・アドベンチャー』でも夢を追い続ける男たちを描きましたが……。

Space_Cowboys2クリント・イーストウッド その比較は、表面上は成り立つ。だがブロンコ・ビリーが夢見ているのは、もはや存在しない時代だ。あれは時代遅れのワイルド・ウエスト・ショーで、もはや誰も興味を持っていないものだ。でもこちらの『スペース カウボーイ』では、フランクは脅迫まがいのことをして本当に夢を実現する。そこに分析が成り立つとも思えないが、たしかに2人とも夢見る男で、夢を実現する。ブロンコ・ビリーの場合、それはキリスト教的な倫理観や仲間への忠誠といった道徳に基づいたものだ。この『スペース カウボーイ』の男たちも、やはり時代遅れの存在ながら、彼らの技術力は結局、今でも必要になる。彼らが大人としての行動をする限りにおいては、何らかの計画には役に立つわけだよ。

 フランクの要求はチーム・ダイダロスの復活と、かつて行けなかった宇宙に行くこと。彼は、自分と同じように宇宙に行く夢を絶たれたかつての仲間たちにある意味で誠意を感じている。最初に話がもちかけられたとき、彼はすでに引退していて、明らかにかつて自分のチャンスを奪われたことを恨んでいる。彼は頑固で、とても個人主義的な人間だ。こういうキャラクターは、私が以前にも映画で探求してきたものだ。
いつ起こってもおかしくないというレベルで、
語らなければならないわけだ


──ところで、この映画は『ファイアーフォックス』以来久々の大がかりな SFX映画ですね。

クリント・イーストウッド ああ。脚本化されたシークエンスを見たときの最初の反応は、「これはできるのか、こんなこともできるのか」と尋ねることだった。それもリアリスティックなレベルでね。最近もSFX映画を観てきたが、どれもこれも、行ったこともない火星に行くとか、SF的なアプローチで宇宙に行って3つ目のモンスターに遭うとか、そんなものばかりだ。でもこの映画の場合、スペースシャトルで宇宙に行くのだから、地球上の誰もが一度はニュース映像でスペースシャトルを見た経験はあるはずだからね。最近ならハッブル衛星の修理だとか、NASAやロシアの宇宙開発がやっている宇宙の旅だとか。だから、リアリティは必要不可欠なわけだよ。この映画そのものの状況は今まで起こっていないけれど、いつ起こってもおかしくないというレベルで、語らなければならないわけだ。NASAのある人がこれを見て、「納得できるフィクションだ」といってくれた。正しいか正しくないかには興味がないが、「納得できる」なら、ま、それでよしだよ。

──『スペース カウボーイ』の場合、どのように映画化されたのですか。

クリント・イーストウッド 普通の映画とは逆の手順で作られたんだ。まず最初、おととし(1997年)の12月、カリフォルニア州マリン郡のI.L.M.(インダストリアル・ライト&マジック)へ行って、脚本を手にそれぞれのショットの実現性について話し合った。最先端の技術にはアニマトロニックスという装置があって、昔だったらスケッチを描いて、後からいろんな効果を試すところだが、今では動画で見ることができる。アニメーション映画みたいな──そう、『チキンラン』みたいな感じでね(笑)。どんなふうに映画では見えるかを、動画のスケッチみたいなもので確認できるというわけさ。驚いたね。それで、この方向性でいこうと決めて、予算的にどうかを考える。ここからが映画作りのはじまり。平行してキャスティングを始め、昨年(1999年)夏にクランクイン。この映画の昔ながらのパート──4人のからみ──はいつもやっているやり方でやった。まず、NASAのヒューストン(ジョンソン宇宙センター)やケープカナベラル(ケネディ宇宙センター)に行って、それからカリフォルニアのモハベ砂漠に戻って1958年の白黒場面を撮影した。現在存在していないロケット、X-1やX-2は何とかでっちあげ、今は存在していないジェット機もデジタルでつくった(笑)。最後は撮影所のステージで、衛星〈アイコン〉のセットを作って撮影した。それをI.L.M.で作った特殊効果撮影とうまく混ぜ合わせたわけだ。でもかなりの部分は現場でのトリックだ。無重力状態だとか、船外活動シーンだとかのためには、特殊レンズなど、
この世で知られている──少なくとも私が知っている限りの──ありとあらゆるトリックを使った。

最近の映画はあらすじをなぞってばかりだ。
私は小説を読むほうが面白い!


──その一方で、4人の演技には今のハリウッド映画にない1950年代アメリカ映画の「記憶」が詰まっています。あなたが俳優としてキャリアを始めた頃、まだジョン・フォードハワード・ホークスもいたわけですが。

クリント・イーストウッド 残念なことに、私はジョン・フォードやハワード・ホークスといったアメリカ映画(黄金時代)をつくりあげた巨匠たちと組む機会がなかった。何度かギリギりで出来そうになったけれど、まもなく彼らは引退するか亡くなるかしてしまう時期だったからね。でも、私は彼らの映画を賞賛している。そもそも彼らの映画を映画館で見て育ったのだから、そのイメージが何よりも脳裏に強烈に焼きついていることはたしかだ。映画を作るにはいろいろな方法がある。60年代は〈ブローアップ〉(フィルムの一部分を全画面になるように引き伸ばす手法)などアバンギャルドな方法が流行った。その後はまたクラシックなやり方への揺り戻しがあった。今では誰もがMTVみたいなやり方に走るばかりで、あらすじをなぞっているような感じだ。この違いは、小説を読むのか、それともあらすじを知るために書評を読むのか、みたいなものだと思う(笑)。私にとっては、小説を読むほうが面白い!

映画を映画らしいスケールで撮ろうと思う

──極論すると、主人公フランクだけが衛星の修理法を知っているという設定は、あなただけが50年代の偉大なアメリカ映画の秘密を知っているというメタファー(暗喩)ではありませんか?

クリント・イーストウッド 面白い着眼だね。私自身そのように考えたことはないが、たしかに昔の映画はより大きなスコープで物ごとを見せていた。TVで見せるために、映画を作っていたわけではなく、映画は映画館でだけ見せるものだったからね。それなりのスケールで物ごとを見せていた。だが、TVが登場すると、何でも(被写体に)近づいて見せるようになった。たしかに昔の映画をTVで見ると、かなりスゴイものに見える。だから私も映画を映画らしいスケールで撮ろうと思う。それがやがてDVDなどで見られることになったとしても、だ。でも、なるべくそんなことは考えないようにしている。映画はもっと有機的なものだと思うし、映画はそれぞれにふさわしいルックがあるべきだからね。ある映画でやったことはこの映画ではふさわしくないとか、いずれにせよテクニカルな要素を気にしすぎるとロクなことはない。私はそれよりも、エモーショナルな要素を第一に考えている。

──旧ソ連の衛星を修理する。それが実は核兵器で、その遺物が自己破壊する。つまりは古くて危険な旧世界の自滅を目撃するという政治的メッセージがあるのでは?

クリント・イーストウッド いや、そんなことは考えていなかった。衛星〈アイコン〉(の外観)は実在の衛星をモデルにしている。実物を本で見たが、見るからにアカっぽい(笑)。まるでゴミのように見えた。だがこれはとても危険な兵器なのだ。これを取り除かなければならないのは、われわれクルーの側のミスなのだ。若造のミスで、映画のなかではカオスが引き起こされる。でも、それを旧ソ連の崩壊と重ね合わせて考えたりはしなかったね。むしろ洗練された兵器であったわけで、それが今では冷戦の遺物となっているとしてもだ。そしてロシアと一部のアメリカ人との間の妥協のせいで、あのまま居座り続けていたんだ。彼らの……とにかく多くの人間がいつでも必死に守ろうとしている何かを守るためにね(笑)。mousato1212

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